MONOmonologue pt.2MONOmonologueのパート2です。

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STERLING RL 14:32
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これもまた、20代に出会ったレコードの買い換えだ。
再発盤を買ってずっと聴き込んできた。
ここのところ、こんなことばかり繰り返している。

スライ・アンド・ザ・ファミリーストーン「フレッシュ」。

彼らの代表作と言えば「スタンド」や「暴動」になるのか。
それらはあらためて言うまでもない名盤である。
しかし、私は、この「フレッシュ」や「スモール・トーク」をターンテーブルに載せることのほうが多い。
「スタンド」や「暴動」に入っている有名曲は、いろいろなところで耳にすることが多いからなのかもしれない。
あるいは単に有名盤を聴いてたまるか、というアマノジャク気質がそうさせているのだろうか。

このレコードの「ケセラセラ」が特に大好きなのだ。
音の隙間がたくさんあってスッカスかな演奏なのに、強烈なグルーヴを感じる。
他の曲も全体に力が抜けていてユルイ。
そのあたりもこのレコードが好きな理由かもしれない。

私が中古レコード店にいってチェックするのは、ロックであり、ジャズが中心。
ワンフロアのお店でもブラックミュージック系のレコードは後回しになる。
ましてやブラックミュージックのフロアや専門店に足を運ぶことはほとんどない。
なのでこのレコードに出会えたのはラッキーだった。

見開きジャケットでインナースリーヴ付き。
レコード盤の内周には「STERLING RL」刻印入り。
こんなところにもボブ・ラディックが!
ラッキー。

もともと持っていた再発盤ジャケットには、オリジナルジャケットに5mmくらいの黒い枠がつけられている。
どうしてこんなものわざわざつけたんだろう?









JUGEMテーマ:No Music, No Life

| RECORDS | comments(0) | - | posted by mono-mono
コピー品 09:51
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    工業製品と聞いてイメージするモノがある。
    画一的で、均一で、無表情で、冷たい。
    工業製品は多くの場合、同じものが大量に作られる。
    大量生産によってコストを下げ、安価で提供される。
    安かろう悪かろうでは商売にならないが、そんな言葉もふとよぎる。
    大量生産品という言葉からイメージするモノは、あまり心躍る製品ではない。
    しかし、私たちの手にする多くのモノは、工業製品であり大量生産品である。

    私の大好きなレコードだって、工業製品であり、大量生産品である。
    コピー品である。
    売れれば売れただけコピーしてまた売る。
    つまり、同じものがたくさんある、ということだ。
    どのくらい同じものがたくさんあるかは、タイトル次第ではあるが。

    「レコード」と「工業製品」「大量生産」という言葉を結びつけて考えたことはあまり無かった。
    薄いプラスチックの黒い円盤を薄いボール紙のパッケージにおさめてある、というレコードの画一的な特徴を、工業製品のイメージと照らし合わせてみれば、レコードは工業製品そのものではないか。
    見た目では区別がつかない同じものを、だからこそ、他のレコードと違って見えるよう工夫したのがジャケットであろう。
    パッケージにカラフルなデザインをほどこして自らをアピールしているわけだ。

    私が入手するレコードのほとんどは中古品である。
    1960年代や、さらに古い年代のオリジナルプレスともなれば、ゆうに50年以上前の工業製品ということだ。
    間違いなく、自分以外の誰かが所有し、手放したレコードである。
    程度の良い中古品であるならば、それだけで価値が増すのは当然である。
    店頭で見かける、新品のようなコンディションのオリジナルプレスとは、ひとつの完結した奇跡である。
    わが家には決して縁がないのだけれど。

    大量生産の工業製品でも、年月を経ることで個体差が生まれる。
    いつでもどこでも手に入るはずだったモノが、あるときから1点モノとなりえるのだ。
    新品の際、キズやシミは排除されるが、時代を経ることで魅力ともなり得る、ということだ。
    しかし、中古市場においても、キズやシミが歓迎されることはほとんどない。
    自分で新品を買って長年気に入って所有するうちに生じたのなら別だが、見知らぬ誰かがつけたキズを無条件に受け入れることは難しい。

    アーティスト本人の名前が、ジャケットに手書きされているレコードをまれに見かける。
    本人のサインではないか、と思われる場合のことであって、決して前所有者の落書きがされたレコードという意味ではない。
    本人のサインのように見えても、レコード店での評価は、基本的にキズやシミと同等である。
    本人のサインと特定、断定できない、というのがその理由である。
    そう、ビートルズやストーンズクラスなら別だが、ジョン・レノンやキース・リチャーズのサインはきっちり鑑定人がいて国際的に評価されている。
    鑑定書だって付く。
    こうなるとも有価証券と同等に取引される。
    レコードとしては扱われない、とも言える。

    先日店頭で見つけたレコードジャケットには大きな落書きがあって、棚から引き抜いて、ウワっとのけぞってしまった(笑)。
    ジェフ・マルダーとエイモス・ギャレットのサイン入り!
    もちろん、本人のサインと断定はできないが、私的には宝物だ。

    世界に1枚だけのレコードを入手してしまったのだから。

    このレコードを聴きながらジャケットを眺めていると、いつサインされたのか、が知りたくなる。
    これがリリースされたのは1978年。
    二人が一緒に日本をツアーしたのは、1979年と2010年の2回。
    1979年のときだろうか?という期待が一番だ。

    あるいはアメリカでアメリカ人がサインをもらってそのレコードを手放し、中古業者の手を経て日本に持ち込まれたのなのだろうか。
    日本人がアメリカでこのレコードにサインをもらって所有していたものを手放したのだろうか。
    想像は広がるが決して答えは出ない。

     

     

     

     

     

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    | RECORDS | comments(0) | - | posted by mono-mono
    珍しいレコードとは? 10:35
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      ジョアン・ジルベルトの「3月の水」は大好きな作品だ。
      ジョアンの声とギター以外に足されている音は、ほんとうに少しだけ。
      基本的にはハイハット。
      ドラムではなく、ハイハットのみ。
      それと女性の声少々くらい。

      いつにもましてぼそぼそ歌うジョアン・ジルベルト。
      しとしと降る日に似合う音楽、とでも言いたくなる。
      休日に遅くまで寝ている布団の中で聴いたら気持ちよいだろう。
      麻薬的な魅力がある。

      これまでずっとCDで聴いてきた。
      レコードを欲しかったけれど、まったく見かけたことがなかった。
      ヤフーオークションで見かけたのが一度きり。
      ウォッチしていたが、私には手が出せなかった。
      結果、それなりの高値で落札されていた。

      「3月の水」は、珍しいレコードなのだろうか。
      私には縁がない、ということなのだろうか。
      不思議なものだ。
      レコード店に行くたびに探しても、私には見かけることすらないレコードなのだった。

      今回はじめて「3月の水」のレコードに出会った。
      意外にも国内盤だった。
      上の写真でははずしてしまったが帯付き。
      ジャケットにはジョアンの名前がエンボス加工がされている。
      初回盤とのこと。

      購入する際店員に、このレコードのブラジル盤はどの程度珍しいものなのか、と聞いてみた。
      20代後半とおぼしき店員は「それほど珍しいということはないですよ」とこともなげに言う。
      相場はいくらくらいなのか、と続けて聞いてみた。
      いったん奥へ下がってキーボードを叩いて戻ってきた。
      「このレコードなら5,000円くらいですよ」とのこと。

      私はまったくこの言葉を信用していない。
      実際どうなんだろう。




       

       

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      | RECORDS | comments(4) | - | posted by mono-mono
      ナイトフライ 14:18
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        ドナルド・フェイゲン「ナイトフライ」。
        私はこのレコードを繰り返し聴く。
        「そんなに良いかしら?」と妻は言う。
        妻も決して嫌いではないが、傑作というほどのレコードだとは思っていないらしい。
        「またこれ聴いてるの?」と言われたこともある。
        もっともその時は「ナイトフライ」ではなく、スティーリー・ダンの「ガウチョ」だったのだが。

        冨田ラボこと冨田恵一氏が書いた「ナイトフライ 録音芸術の作法と鑑賞法」も読んだ。
        音楽的にこんな風に興味深い作品なのか、と驚いた。
        面白かった。
        繰り返し読んだ。

        「ナイトフライ」がリリースされたのは、82年。
        リアルタイムでは知らない。
        なにせ私が小6のころなのだ。
        「ナイトフライ」のレコードを90年代後半にはじめて聴いた。
        そのころがレコード的には底値だったのではないか。
        アメリカ盤を数百円で買って、それをこれまでずっと聴いてきた(写真右)。

        驚いたことに、ここ数年で「ナイトフライ」のレコード価格もじわじわ上がってきていてる。
        おかげで、「タイトルが2色印刷、両面「RL」刻印入り」が「オリジナル」ということを知った。
        ふ〜ん。
        私の持っているレコードは、片面「RL」だった。

        今回新たに手にいれたレコードは、シュリンク付きで両面「RL」(写真左)。
        90年代後半に買ったのと同じような値段で見つけた。
        ラッキー。
        シュリンクに貼ってある「SUPER SAVER」のシールが懐かしい。
        その上のタワーレコードの値札もまた懐かしい(笑)。




         

         

         

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        | RECORDS | comments(2) | - | posted by mono-mono
        CDか、レコードか、それが問題だ 08:51
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          予約しておいたWILCOの新譜が届いた。
          前作「STAR WARS」からほぼ1年のインターバルでのリリースである。
          そのまた1年前には、ジェフ・トゥイーディの2枚組ソロがでた。
          その頃WILCOの4枚組ベストアルバムも出たのだった。
          コンスタントにライヴ活動もしている彼らにして、驚異的なハイペースといって良いのではないか。

          何も考えずにCDを注文したのだが、CDで良かったのかと考えてしまった。
          最近、レコードも同時にリリースするアーティストが多い。
          WILCOももちろんである。
          新譜のレコードにはデータのダウンロードキーが入っていて、携帯プレイヤで聴くにあたって不都合は無い。
          CDよりレコードの方が少し値段は高いが、レコードも聴けてデータももらえてお得、とも言える。
          レコードにした方が良かったのではないか。

          CDに未来は無い、のかもしれない。
          もはや消え行くメディアと考えて間違いないだろう。
          CDよりレコードを買うべきなのだろうか? と考える。
          わが家のCDプレイヤは、CDを載せるトレーの動きに不安がある。
          スムーズに出てこなかったり、出てCDを変える間もなく引っ込んでしまったりもする。
          メーカーで修理を引き受けてくれないとも聞く。

          CDというメディアには無理があった、のかもしれない。
          ジャズ喫茶「ベイシー」の菅原さんは当初から言っていたこの言葉は常に正しい。
          「レコードとプレイヤという高度に完成したメディアがあるのにどうしてCDが必要なのか」と。
          ビニール盤を針で引っ掻けば音が出るという不思議。
          まさにアナログである。
          それを電気的に増幅して大きな音にすれば、とても豊かな音楽になる。

          CDはどうか。
          録音した音楽を、データに変換してメディアに落として、とっても複雑な光学機器で読み取って、うんぬんかんぬん。
          CDは、出現した当初から、レコードより音が良いだ悪いだ比べられていたが、ようするにレコードに対して圧倒的に優れていたのではない。
          ではなぜCDだったのか?
          商売以外に理由はあったのだろうか?

          さて、WILCOの新譜である。
          タイトル「SCHMILCO」の意味はなんだろう。
          ジャケットがすでに最高である。
          悪ふざけとしか思えない(笑)。
          愛する子どものためにとはいえ、こんな風に体を張るなんて私には無理だ。

          最初の印象は、アコースティック、シンプル、地味。
          ちょっと、ジェフ・トウィーディのソロのようでもある。
          ヘッドフォンでじっくり聴いてみると、緻密に作られたシンプルさであることが分かる。
          これはなかなかすごいぞ、と。
          先行試聴もできた「LOCATOR」は、先行試聴だから曲途中でフェイドアウトするのかと思っていたが、アルバムバージョンも同じだった。
          かなり素晴らしい曲なのでちょっと残念。

          新譜を予約してまで買うアーティストはほとんどいない。
          どうして私がWILCOを買い続けているかといえば、作品が常に期待以上の出来であるからだ。
          今作も聴けば聴くほど良い。

           

           

           

           

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